石川県の能登半島で、災害関連死を含めて21人が死亡した豪雨災害から2026年9月21日で2年となった。2024年元日の能登半島地震の被災地を再び豪雨が襲い、輪島市では24時間降水量が観測史上最高の412ミリに達するなど記録的な大雨となった。河川の氾濫や土砂災害などで16人が亡くなり、1000棟余りが床上・床下浸水の被害を受けた。
この豪雨では、当時14歳で市立輪島中学校3年だった喜三翼音さんの自宅が久手川町で濁流にのまれ、家ごと流された。喜三さんは9日後に遠く離れた海上で遺体で見つかった。当時の担任教諭だった山本安博さん(43)は、豪雨前日の終礼で「明日は雨がひどいから気をつけろ」と言葉をかけていればと今も悔やんでいる。
喜三さんの同級生だった逢坂風希さん(17)は、喜三さんが行方不明になったと知ると、生きて見つかってほしいと願い、友人たちと川や海岸を捜し回った。逢坂さんは2024年元日の地震の際、救助に当たる自衛隊員の姿を見て自衛官を志していたが、身近な友人の死を通じて「助けを求める人を助けられる人になりたい」とその決意をさらに強くした。
逢坂さんは地元を離れ、神奈川県横須賀市にある陸上自衛隊高等工科学校へ進んだ。「ふるさとを守れる人になりたい」という思いを胸に、次は自分が誰かの役に立つ番だと信じて、自衛官への道を歩んでいる。