映画『鉄男』や『野火』などで知られる塚本晋也監督の最新作『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』が公開された。本作は、ベトナム戦争で兵士として加害行為に及び、帰還後に心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しんだ元海兵隊員アレン・ネルソン氏(1947〜2009年)の実話に基づく物語である。従来の戦争映画で扱われることが少なかった「加害者のトラウマ」という題材に深く踏み込んでいる。
主人公のアレンは、貧困と差別から逃れるため18歳で米海兵隊に入隊し、1966年にベトナムの最前線へ送られた。過酷な戦場で「殺すか殺されるか」の修羅場を生きた彼は、帰還後に強いフラッシュバックに襲われ、当時はまだ病名になっていなかったPTSDによりホームレス生活を経験した。その後、医師との対話を通じて自らの犯した罪と向き合い、回復を果たした後は、自らの戦争体験を伝える講演活動に身を捧げた。
塚本監督がネルソン氏の著作に出あったのは10数年前、映画『野火』のリサーチ中だった。自らの加害体験を克明に記録した手記に強い衝撃を受けた監督は、戦争が現実味を帯る現代社会への警鐘として映画化を決意した。作中では音と映像を駆使した表現で恐怖を追体験させ、戦争が善良な人間に殺戮を強いる構造と、その暴力が世代を超えて連鎖する恐ろしさを描いている。
ネルソン氏は生前、出征前に訓練を受けた沖縄に強い思いを寄せ、日本国内で1200回を超える講演を行い、平和憲法第9条を守ることの大切さを訴え続けた。世界各地で紛争が長期化し安全保障の議論が交される中、塚本監督はネルソン氏のメッセージと生き様をスクリーンによみがえらせることで、平和の価値を問い直している。